東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)83号 判決 1988年4月26日
原告 株式会社暁虎
被告 麻布税務署長
代理人 窪田守雄 江口育夫 ほか二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当時者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五二年一二月二六日付けでした、原告の昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の更正並びに重加算税及び過少申告加算税の各賦課決定を取り消す。
2 被告が昭和五二年一二月二六日付けでした、昭和五〇年六月分、昭和五一年四月分ないし同年一一月分及び昭和五二年二月分の源泉所得税の納税告知並びに不納付加算税の賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により取り消された後のもの)を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 法人税の更正等の経緯
本件事業年度の法人税について、原告のした確定申告、被告のした更正並びに重加算税及び過少申告加算税の各賦課決定(以下、それぞれ「本件更正」、「本件重加算税賦課決定」、「本件過少申告加算税賦課決定」という。)並びにこれらの不服審査の経緯は、別表1記載のとおりである。
2 源泉所得税の納税告知等の経緯
原告の昭和五〇年六月分、昭和五一年四月分ないし同年一一月分及び昭和五二年二月分の各源泉所得税について、被告のした納税告知及び不納付加算税の賦課決定(以下、これらの審査裁決による一部取消後のものを、それぞれ「本件納税告知」、「本件不納付加算税賦課決定」という。)並びに不服審査の経緯は別表2記載のとおりである。
3 不服の範囲
原告は1の各処分のうち、申告所得金額九九七万〇二九二円を超える所得の認定に不服があり、2の各処分については、原告の源泉徴収義務の存在を前提とする点に不服がある。
よつて、原告は被告に対して、本件更正のうち所得金額九九七万〇二九二円を超える部分、本件重加算税及び過少申告加算税各賦課決定並びに本件納税告知及び本件不納付加算税賦課決定の各取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の各事実は認める。
三 抗弁
1 本件更正の根拠
(1) 所得金額
原告の本件事業年度における所得金額及びその内訳は別表3記載のとおりであり、本件更正は右所得金額の範囲にあるから適法である。
(2) 工事収入計上漏れ一八一九万六〇〇〇円(イ+ウ)
ア 本件請負契約
原告は昭和五二年一月一二日新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という。)からペルシヤ湾における海底油田の石油採掘に関する海洋諸施設の維持管理及び補修を内容とするAOCメインテナンス工事の一部(以下「本件工事」という。)を請け負つた。
イ 前受金処理による未計上額一四二二万円
i 原告は、本件工事の請負代金の支払いとして、新日鉄から昭和五二年二月二八日に現金三五六万円、約束手形一四二二万円の合計一七七八万円を受領したが、右現金分三五六万円のみを工事収入として本件事業事業年度の収益に計上し、約束手形で受領した一四二二万円は前受金として処理し、本件事業年度の収益に計上しなかつた。
ii 本件請負代金のうち、第一回分として支払予定の一七七八万円は、本件工事を開始するまでに必要な費用である一六一六万三六五〇円(本件契約書別紙経費内訳表IないしVの合計額)に一般管理費である右額の一割に相当する額を加算した一七七八万〇〇一五円から端数を切り捨てた額であつて、その支払予定日である昭和五二年二月末日には本件工事が始まつていた。
ウ 未収入金の未計上額三九七万六〇〇〇円
原告は本件工事に関し、同工事契約書添付の支払予定表に従い、その第三回分の請負代金として、昭和五二年三月二〇日までの出来高に基づき、同年三月中に新日鉄に対し三九七万六〇〇〇円の支払請求をした。
しかし、原告は右第三回請求分にかかる請負代金を、現実にその支払いを受けた同年四月三〇日の工事収入として収益に計上し、本件事業年度の収益には計上しなかつた。
エ 請負契約における代金の収益計上時期
請負契約については、原則としては、目的たる契約事項全部の完成の時(引渡しを要するものにあつては引渡しのあつた時)に報酬請求権が発生し(民法六三三条)、物の引渡しを要しない請負契約については、その収益計上時期は、その約した役務の全部を完了した日の属する事業年度である(法人税基本通達二―一―五)。しかし、請負の中にも、同種の物の引渡し又は同種の役務の提供を継続して行い、月等の一定の期間を単位として、その期間中におけるその物の引渡し又は役務の提供の対価の支払いを受けるものがある。このような特約又は慣習があるものについては、その期間内にした物の引渡し又は役務の提供による収入は、すでに収益として確定しているので、その期間の末日を含む事業年度における益金の額に算入すべきものである(法人税基本通達二―一―九参照)。
本件更正処分当時、請負における損益の計上時期については、法人税法の規定のほか、昭和五五年五月一五日付け国税庁長官通達による改正前の法人税基本通達(以下「旧通達」という。)二―一―二及び二―三―六でその取扱いが定められ、会社経理及び税務実務においても、旧通達に基づいた取扱いがされていた。
そして、昭和五五年五月一五日付け国税庁長官通達による改正後の法人税基本通達(以下「新通達」という。)にあつては、旧通達二―一―二は新通達二―一―五に引き継がれた。すなわち、新通達二―一―五では「別に定めるものを除き」という文言が加えられ、それまでは請負として右旧通達で包括していたものを、請負の態様に応じて新通達二―一―六から二―一―一六までに細分した。これによつて、従来、旧通達二―三―六の部分完成基準の取扱いに従い処理されていたものを、新通達二―一―九(部分完成基準による収益の帰属時期の特例)、同二―一―一〇(機械設備等の販売に伴い据付工事を行つた場合の収益の帰属時期の特例)及び同二―一―一二(技術役務の提供に係る報酬の帰属の時期)に細分して、その取扱いが定められた。そのほか、新通達二―二―九(技術役務の提供に係る報酬に対応する原価の額)が、同二―一―一二の新設との関連で、新たに定められている。
右は、いずれも新通達による改正に当たつてことさら取扱いを変えたものではなく、従前から実務において旧通達二―三―六に従つて取り扱われてきたところを明文化したにすぎない。
ところで、旧通達二―三―六は、請負による収益の帰属時期についての原則を定めた前記旧通達二―一―二の特例であつたから、請負による収益の帰属時期の取扱いにあたつては、その目的が物の引渡しであるか役務の提供であるかに関わらず、この旧通達二―三―六をよりどころとして、被告主張のとおりの取扱いがされてきた。
オ 本件工事と収益計上時期
本件請負契約においては、請負代金の支払について出来高払いの約定があり、右約定が前記エにいう特約に該当することは、以下の事実から明らかである。したがつて、この請負代金は、その役務を提供した期間の属する事業年度の収益の額に計上されるべきものである。
i 本件請負契約により原告が請け負つた業務の内容は、クエート国とサウジアラビア国との国境に位置する中立地帯クレーン作業船上に、船内事務長一名、潜水夫二名、賄夫四名、船内手元二名の各要員を派遣し、<1>潜水作業、<2>船内における掃除・洗濯・物品販売等の業務、<3>作業日報の作成等、事務用品の管理を含む事務補助作業、<4>タイ人労務者の管理業務、<5>作業船・陸上事務所間の無線連絡業務、<6>賄いに伴う補助作業、を行うというものであつた。
したがつて、これは、原告において一定の要員を工事に派遣し、それにより一定の役務を継続して提供する性質の請負である。
ii 請負代金は、この人的役務の提供の対価として月毎に支払われる約定であり、本件請負契約書上も、実際の出来高が、同契約書添付の支払予定表記載の支払予定額と相違したと新日鉄が判断したときは、次回の支払金額をもつて調整する旨を定めていた。また、現実の支払においても、原告から新日鉄に対する請負代金の請求は、毎月二〇日に出来高を締め、請求書に出来高の金額を明示して行い、新日鉄もその出来高を確認のうえ支払つていた。
iii 支払側の担当者も、本件請求契約が出来高払いであることを認めており、原告においても、出来高払いの認識の下で、第一回分のうちの現金受領分及び第二回分については、本件事業年度の収益に計上する経理処理を行つていた。
これらの事実からみても、本件請負契約の場合、第一回の支払分から第三回の支払分(昭和五二年二月二一日から同年三月二〇日までの出来高に基づき同月中に請求した分)までが本件事業年度の工事収入に計上すべき金額であることは明らかであつて、前記イ及びウの各代金は、前述のとおり、いずれも同年度の工事収入として収益に加算されるべきである。
(3) 本件工事の計上漏れ収益にかかる原価について
本件工事による収益(前記(2))にかかる原価は、以下に述べるとおり、全て本件事業年度の損金に計上されている。したがつて、右(2)の額の益金加算によつて増加する損金はない。
ア 原告は、当初、本件収益について出来高払いとの認識のもとに、本件収益のうち現金で収受した部分を、そのとおり経理処理していたことは、前記(2)オiiiのとおりである。したがつて、本件事業年度中に確定した原価は、支払いの有無にかかわらず、当然、同年度の損金に計上されているものとみることができる。
また、未確定の原価は、その価額を適正に見積もつて損金に計上し、後の事業年度において確定した段階で調整されるべきものであるところ(法人税法二二条三項一号)、本来、事業者は原価計算のうえ取引をするものであるから、容易に適正な見積原価額を算出することができるし、ことに本件請負契約のように人的役務の提供を内容とするものにあつては、その原価の大部分は労務費であるから、この見積もりは容易である。この点からみても、本件原価のうち未確定の分も当然本件事業年度の損金に計上されているはずである。
イ また、原告は、本件工事の収益のうち本件事業年度中の約束手形による受領分を、前受金として計上していた。この経理処理を前提とするならば、右収益にかかる原価は、本件事業年度の決算における貸借対照表の資産の部に仕掛勘定(仕掛品、未成工事支出金等)、前払費用等の勘定科目に計上し、翌事業年度の原価となるような経理処理がされてしかるべきであるが(財務諸表規則一五条九号、同取扱要領第三七)、原告にはそのような経理処理がない。
さらに、経費(法人税法二二条三項二号)であつて一事業年度を超える請負工事に係るものは、適正な比率で各年度の請負工事に配分し、売上原価及び期末棚卸高に算入することができるが(法人税法六三条、同法施行令一二九条、企業会計原則第二、3F)、原告は前記原価及び経費についてそのような経理処理をしていない。
これらの点からみても、本件収益の原価及び確定した経費は、本件事業年度の損金として経理処理されているものと認められる。
ウ 原告の帳簿に計上してある原価等のいずれが本件工事の収益に対応するものであるか、個別には特定しがたい。しかし、本件工事に従事した日本人従業員三名の給料・手当及びタイ人に対する給料・手当の合計九九九万四八三〇円は工事労務費に当たるものであり、他に本件工事にかかる収益に対応する原価等に当たると推認される損金六一万二九六〇円(給料・手当五三万円及び保険料六万二九六〇円)が、本件事業年度の損金の項に計上されている。したがつて、本件事業年度の損金として計上すべき他の原価及び経費も実際に計上されているものと推認できる。
エ ちなみに、本件更正等の担当職員が本件の税務調査の際に、元帳等を基にして、原告に原価等の説明を求めたところ、原告側は右ウの工事労務費について申し出ただけで、本件収益にかかる原価に関する主張及び資料の提示はなかつた。
(4) 貸倒損失否認一二〇万円
ア 原告は、本件事業年度の前の事業年度である昭和五〇年六月一二日に、石井造船株式会社(以下「石井造船」という。)に対しブルコマンダーの改修費用一二〇万円を支払つたとして、これを前渡金勘定(資産科目)に計上し、同勘定そのまま本件事業年度の期首に引き継いだうえ、本件事業年度中である昭和五二年三月一七日の取締役会において、取立不能との理由で貸倒損失として処理した。
イ しかし、右一二〇万円は、実際には石井造船に支払われたものでなく、原告の取締役宇野沢徳太郎(以下「宇野沢」という。)が取得したものである。
したがつて、右アの貸倒損失はありえない。
ウ 仮に、右一二〇万円を宇野沢に対する貸付金とみても、これを本件事業年度に貸倒損失として処理すべき理由がない。
すなわち、次のとおり宇野沢には国内に資産を有する等の事由があるから、本件事業年度において回収不能に陥つていないことは明白である。
i 原告は、本件事業年度において、宇野沢からの借入金六六六万三〇〇〇円のうち三三〇万円については、石井造船に対する同額の「前渡金」と相殺処理をしたものの、残額三三二万三〇〇〇円はそのまま同人からの借入金として計上している。そして、昭和五三年三月三一日現在における右借入金の残額は、三一四万八二〇〇円であり、更に、同日現在、宇野沢に対する六〇〇万円の未払金も存在した。
ii 原告は、本件事業年度末において、宇野沢に対する役員報酬として三六〇万円を計上している。
iii 原告が本件前渡金を貸倒償却として処理する旨決議した昭和五二年三月一七日の原告の取締役会には、宇野沢も出席している。
iv 宇野沢は、昭和五一年一二月一五日に設立された株式会社光営(千葉市富士見二丁目一七番一六号所在)に、九〇万円の出資等を行つている。
(5) 受取割戻金計上漏れ四一七七万五五〇〇円
ア 大和潜水分三二七七万五五〇〇円
i 原告は、シンガポール共和国内のチヤンギー沖国際空港埋立工事のうち、海底磁気探査工事(以下「本件探査工事」という。)をテイマス社(在シンガポール)から請け負い、同工事のうち同国住宅公団発注分につき昭和五一年二月六日に、また同国ポートオーソリテイ発注分につき同月二〇日、いずれも大和潜水との間で工事請負(下請け)契約を締結した。
その際、大和潜水は原告の求めに応じて、本件探査工事の契約単価を当初見積もり単価に一定の金額を上乗せした額とし、更に工事出来高も水増しして請求し、これにより支払われる請負代金のうち、右の上乗せ及び水増しによる増加額は原告に支払う(割り戻す)ことを合意した。
ii 右合意に基づいて大和潜水は、割り戻すべき金額三四〇七万四〇〇〇円のうち三二七七万五五〇〇円を、次のとおり原告に支払つた。
(番号)(支払年月日) (金額)
<1> 51・4・8 五〇〇、〇〇〇円
<2> 51・5・11 四〇、〇〇〇円
<3> 51・6・1 三四六、〇〇〇円
<4> 51・6・12 三、一三〇、〇〇〇円
<5> 51・7・21 七、四二二、〇〇〇円
<6> 51・8・21 七、〇八一、〇〇〇円
<7> 51・9・27 三、九〇六、〇〇〇円
<8> 51・10・1 六九一、〇〇〇円
<9> 51・10・20 五五六、五〇〇円
<10> 51・11・2 六、六四六、五〇〇円
<11> 51・11・19 二五六、五〇〇円
<12> 52・2・15 二、二〇〇、〇〇〇円
合計 三二、七七五、五〇〇円
イ 日進電機分九〇〇万円
i 原告は、昭和五一年三月一七日に日進電機株式会社(以下「日進電機」という。)との間で前記アの本件探査工事に使用する海底磁気探査器三セットを賃借する契約を締結した。
その際、日進電機は原告の求めに応じて、右機器の月額賃料を通常の月額賃料一二〇万円に一八〇万円を上乗せした額とし、これによつて支払われる賃料のうち右の上乗せ分は原告に支払う(割り戻す)ことを合意した。
ii 右合意に基づいて、日進電機は、割り戻すべき金額九〇〇万円を、次のとおり原告に支払つた。
(番号)(支払年月日) (金額)
<13> 51・8・21 三、六〇〇、〇〇〇円
<14> 51・12・15 五、四〇〇、〇〇〇円
合計 九、〇〇〇、〇〇〇円
ウ 割戻金の帰属について
i 右ア、イの割戻金(以下「本件割戻金」という。)は、いずれも原告を当事者とする合意(契約)に基づいて支払われたものであり、各相手方も割戻金が原告へ支払われるものであることを認識していた。
ii 本件ア、イの各契約及び合意の交渉は、いずれも宇野沢がしたが、同人は原告の取締役であり、対外的には専務取締役として、対内的には常務取締役として、原告のため活動しており、原告代表者も日常業務の一切を宇野沢に任せていた。そして、割戻金を直接受け取つた石川隆(以下「石川」という。)は原告の経理担当社員であり、宇野沢が割戻金を受領したのは、全て石川を介したものである。
iii 以上のとおり、本件割戻金の授受は全て原告の行為と認められるものであつて、宇野沢あるいは石川が共謀して、個人の立場で割戻金の合意をし、前記各割戻金を着服したものではない。
2 本件重加算税賦課決定の根拠
(1) 前記1(4)の貸倒損失と認められない一二〇万円は、宇野沢が取得したものであるのに、原告は、石井造船に対する前渡金として仮装経理し、さらにこれを本件事業年度において、貸し倒れという架空の事実に基づき、貸倒損失としている。また、前記1(5)の割戻金計上漏れ四一七七万五五〇〇円は、原告が大和潜水及び日進電機との間で割戻金授受の合意をし、現実に原告が受領しているにもかかわらず、これを隠蔽、除外して、益金の額に算入していない。
(2) 右各行為は、法人税の課税標準及び税額の計算の基礎となるべき事実を隠蔽又は仮装したことに該当するから、右合計額四二九七万五五〇〇円が重加算税計算の基礎となるべき所得である。これによつて国税通則法六八条一項の基礎となるべき税額を計算すると、一七一九万円となる。
そうすると、右金額に一〇〇分の三〇を乗じた五一五万七〇〇〇円が重加算税額であるべきところ、本件重加算税賦課決定の額はこれを下回る。
よつて、右決定は適法である。
3 本件過少申告加算税賦課決定の根拠
前記1の原告の所得金額のうち、前述の重加算税額の計算の基礎とした所得金額以外の所得金額一八一九万六〇〇〇円については、原告が法人税の確定申告を過少に行つていたことになる。
そこで、国税通則法六五条一項により、納付すべき法人税額七二七万八〇〇〇円(端数処理した額)に一〇〇分の五を乗じた三六万三九〇〇円が、本件の過少申告加算税額であり、本件賦課決定は適法である。
4 本件納税告知の根拠
(1) 本件納税告知の内訳
本件納税告知に関わる原処分(審査裁決前のもの)及びその審査裁決でされた各認定並びに本訴で被告が主張する各納期限、受給者別の内訳は別表4のとおりである。
そのうち、昭和五一年一一月支給分の源泉徴収税額について、被告主張額と審査裁決額とが相違したのは、以下の事由に基づく。すなわち、原処分においては、同月分の支給金額六九〇万三〇〇〇円のうち一〇四万八五〇〇円を原告の従業員石川(前記石川隆であり、国内居住者)に対する賞与として源泉徴収税額を算定した。しかし、被告主張額は、右六九〇万三〇〇〇円全額が宇野沢(前記宇野沢徳太郎であり、非居住者)に支給された賞与であるとの認定に基づいて、源泉徴収税額を算定しているために、適用税率に差異を生じた結果である。
(2) 源泉所得の対象とした賞与の認定根拠
別表4のうち昭和五〇年六月支給分は、前記1(4)で述べたとおり、原告が昭和五〇年六月一二日に石井造船に対して支払つたとするブルコマンダーの改修費用は、実際には宇野沢が取得したので、これを同人に対する役員賞与と認定した。また、同表のその他の各支払いは、前記1(5)の原告の受取割戻金を宇野沢がそのまま取得しているので、これを宇野沢に対する役員としての臨時的な給与、すなわち役員賞与と認定したものである。
ちなみに、右(1)の昭和五一年一一月支給分のうち一〇四万八五〇〇円は、石川が直接受領している。しかし、石川は原告の経理を担当し、宇野沢の指揮監督の下に、同人の命により割戻金の受領・管理を行つていた事務補助者にすぎない。したがつて、石川の介在は、右一〇四万八五〇〇円を含む同月支払分全額を、原告が宇野沢に対して役員賞与として支給したと認定する妨げとはならない。
(3) 源泉所得税額の算定根拠
ア 宇野沢はシンガポールに居住する非居住者である。
イ したがつて、宇野沢が支給を受けた各賞与は、所得税法一六一条八号イの国内源泉所得に該当するので、同法二一二条一項及び二一三条一項により各支払額に一〇〇分の二〇の税率を乗じた額が源泉所得税額となる。
本件納税告知の額は、右により計算した別表4の被告主張額の範囲内であるから、本件納税告知は適法である。
(4) 原処分が、昭和五一年一一月分の源泉所得税額について、給与等の受給者を一部誤認して算定したことは前述のとおりである。しかし、この誤認は、次に述べるとおり、本件納税告知を違法にするものではない。
ア 源泉徴収の対象となる所得の支払いがあつたときは、支払者は、法令の定めに従つて所得税を徴収し、国に納付する義務を負うが、この義務は、所得の支払時に成立すると同時にいわば自動的に確定し、特段の確定手続きを要しない(国税通則法一五条)。そして、右税額が法定代理人の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し、納付すべき税額、納期限及び納付場所を示して、納税告知をするべきものとされている(同法三六条)。
この事実が示すとおり、納税告知処分は、既に納付すべき税額が確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者に履行を請求する徴収処分である。
ところで、納税告知額の多寡を問題としてその取消しを求める訴訟において、審理の対象となる事項は、既に自動的に確定している税額がいくらであるか、また、その前提となる納税義務の存否・範囲はどうかに尽きるものである。したがつて、その納税義務の発生を基礎づける個々の支払の事実は、訴訟上は単なる攻撃防御方法の一つにすぎないから、右の納税義務の存否の判断は、処分時における税務署長の認定・判断に拘束されることなく、支払という客観的事実の有無によつて決せられるべきである。
イ また、給与等の受給者として所得税を負担する源泉納税義務者(以下「受給者」という。)は、租税法上は、国に対して源泉徴収にかかる所得税の納税義務を直接的には負わないし、他方、国は、支払者が倒産その他の事由により徴収した所得税を納付できなくなつても、受給者に対して直接その支払を求めることができない。のみならず、支払者が給与等の支払の際に所得税の源泉徴収を怠つていた場合でも、国は必ずその支払者から徴収することとされている(所得税法二二一条)。
さらに、受給者は、支払者から源泉所得税の徴収額相当額の求償権の行使を受けても、自己の負担するべき源泉納税義務の存否・範囲を争い、請求を拒むこともできるし、たとえ支払者が源泉徴収にかかる納税告知処分の取消訴訟で敗訴しても、それは受給者の源泉納税義務の存否・範囲になんら変動を生じさせるものではない。
もとより、納税告知処分における支払者の源泉徴収義務は、受給者の源泉納税義務と表裏の関係にあつて、その金額は本来一致するべきものである。しかし、この表裏の関係は、税務署長が処分当時認識していた受給者のそれとの間ではなく、既に自動的に税額が確定し、客観的に支払者の源泉徴収義務の前提となつている、本来の受給者のそれとの間に成立するものである。
もし、処分時における税務署長の受給者に関する認識が、納税告知処分の本質的な内容をなすものであるならば、納税告知処分において受給者の氏名等を明らかにすることが要請されるはずであるが、実際には、納税告知書に受給者名及び支給金額を明らかにすることはなんら要求されていない(国税通則法三六条二項、同法施行規則五条)。
ウ 以上にみたとおり、納税告知における支払者の源泉徴収義務と受給者の源泉納税義務とが完全に切り離されているか否かはともかく、少なくとも税務署長の受給者についての認識の誤りは、既に客観的な支給の事実に基づいて自動的に税額が確定している支払者の本来の源泉徴収義務の存否・範囲には、何ら影響を与えないのであるから、右認識は同処分の本質的内容を構成するものではない。
そうであれば、右誤認自体は、それによつて告知された税額が支払者において本来徴収し、納付すべき税額を超えるなどしていないかぎり、その告知処分の取消原因にはなりえないものというべきである。
とりわけ、本件の場合は、昭和五一年一一月分である一〇四万八五〇〇円支払の事実に関する原処分の認定と本訴における被告の主張とは、基本的には同一の事実関係を基礎としているものであり、ただ受給者を誤認したというにすぎない。したがつて、この誤認自体も瑕疵としては軽微であり、かつ、これにより算出された税額は、本来原告が納付すべき税額より過少となつて、原告に有利に働いているのであるから、被告主張の解釈は妥当である。
5 不納付加算税賦課決定の根拠
原告の右4の源泉所得税額がその各法定納期限までに完納されなかつたために、国税通則法六七条一項により、右の納税告知にかかる税額(同法一一八条三項により端数計算したもの)に一〇〇分の一〇を乗じた金額に相当する不納付加算税を別表4のとおり賦課決定したものである。
四 抗弁に対する認否
1(1) 抗弁1(1)のうち、申告所得金額は認め、各加算項目の存在はいずれも否認する。
(2)ア 同(2)のうち、アないしウの各事実は認める。
イ 同エの主張は争う。
本件工事請負契約による収益は、その役務の全部を提供した日の属する事業年度の益金の額に算入するべきものである(法人税法基本通達二―一―五)。そうすると、原告が本件請負に基づく役務の全部を完了した日は昭和五三年二月一五日であるから、この請負代金は、その日の属する原告の事業年度(自昭和五二年四月一日、至同五三年三月三一日)における益金の額に算入するべきである。
被告が主張の根拠の一つとする新通達二―一―九は、「部分完成基準による収益の帰属時期の特例」についてのものであつて、建設工事等に適用されるものである。本件請負契約は、建設工事等を目的としたものではなく、潜水作業等の一定の役務の提供を行うことを目的としたものであるから、その収益の帰属時期は、請負の収益の帰属時期の原則を定めた新通達二―一―五「物の引き渡しを要しない請負契約にあつては、その約した役務の全部を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入する。」に基づくべきものである。
ウ 同オのうち、iの事実及びiiiの経理処理の事実は認めるが、本件請負契約が出来高払いの約定であること及び原告がそのように認識していたことは否認する。iiは、そのうち出来高払いの特約の締結を否認する。ただし、被告主張のような支払に関する条項が本件請負契約書の用紙に存在したことは事実であるが、それは以下の経緯による。
すなわち、本件請負に関する「工事請負契約書」及び「請負契約基本約款」は、新日鉄が、請負業務の目的・内容等の差異にかかわりなく、AOCメンテナンス工事関係の請負契約に画一的に同じ契約書を使用したものであり、そのため、本件請負契約とは無関係な条項が多数存在する。被告が出来高払いの根拠の一つとする契約書第六条但書もその一つである。
役務の提供は、契約に従つてその提供が行われたか否かか問題となるだけであり、出来高という観念が入る余地はそもそもない。
エ 本件請負契約基本約款別表I支払予定表(以下「支払予定表」という。)は、本件請負代金を昭和五二年二月末日を第一回として、同五三年三月末日までの一四回に分割して、毎月末日に一定額を支払う旨を決めている。しかし、この支払額は、請負代金の分割払いであつて、次に示す計算に基づくこと、したがつて、出来高払いでないことは明白である。
i 第一回目の一七七八万円
経費内訳表IないしVの合計一六一六万三六五〇円に一般管理費として一〇パーセントを加算した額(一七七八万一〇〇五円)の端数一五円を切り捨てたもの。
ii 第三回目ないし第一三回目の各三九七万六〇〇〇円
経費内訳表IVの合計四三三八万二四〇〇円に一般管理費として一〇パーセントを加算した額(四七七二万〇六四〇円)を一二回に分割した額(三九七万六七二〇円)の端数七二〇円を切り捨てたもの。
iii 第二回目の二六五万一〇〇〇円・第一四回目の三〇六万八〇〇〇円
経費内訳表VIIの合計一五七万七一〇〇円に一般管理費として一〇パーセントを加算した額(一七三万四八一〇円)に、更にiiの未払金一回分三九七万六〇〇〇円を加算した額(五七一万九四五〇円)を、右第二回と第一四回とに分割したもの。ただし、この分割比率等の根拠は不明である。
オ 本件工事による収益は、本件請負代金からその経費を控除して始めて明確になるものであるが、本件事業年度の法人税申告時には未だその経費総額が判明していなかつたので、収益計上できなかつたものである。
ちなみに、前受金処理を否認された一四二二万円に係る経費については、次のとおり後日に判明している。すなわち、この前受金は事前準備のためのものであるところ、原告はその事前準備をテイマス社に委託し、同社からその費用として二六万〇〇四八・七〇シンガポールドル(円換算二八六〇万五三五七円)の請求があつたのは、昭和五二年八月一五日である。
(3) 同(3)の主張は争う。
収益に加算された各支払分は、経費内訳表の費用合計額にその一〇パーセントを一般管理費として加算したものの全額であつて、その収益に要した経費を差し引いたものではない。被告が各支払分を本件事業年度の収益に算入すべきであると判断した場合には、当然にその収益に係る原価(それが確定していない場合はその適正な見積額)を当該事業年度の損金に算入しなければならないのに、本件更正ではこれをしていない。
原告は、調査の当初から経費の額が判明しないことを理由に、その収益を本件事業年度に計上できない旨を説明しており、その収益に係る原価が本件事業年度の損金に計上されていないことは被告も熟知していた。
(4)ア 同(4)アの事実及びイのうち事実の部分は認め、イの主張部分及びウの主張は争う。
イ 右貸倒損失(抗弁1(4))に関する経緯は次のとおりである。
i 原告は白井常雄から石井造船に対するブルコマンダーの改修費用の支払金として四五〇万円を請求され、昭和五〇年六月一二日に同金員を同人に交付し、石井造船に対する前渡金として経理処理した。しかし、この金員は昭和五二年三月ころ宇野沢が白井常雄から受領し、石井造船には支払われていないことが判明した。
ii そこで、原告は、右四五〇万円を宇野沢に対する貸付金とし、原告の宇野沢からの借入金三三〇万円と対当額で相殺し、残金一二〇万円については、同人がシンガポールに居住し、国内に資産もないことから、回収不能と判断して、これを貸倒れとして処理した。
(5)ア 同(5)アiの事実のうち、大和潜水との工事請負契約締結の事実は認めるが、代金上乗せ、水増し及び割戻しの約定をした事実は否認する。
同iiの事実は否認する。
イ 同イiの事実のうち、日進電機との賃貸借契約締結の事実は認めるが、賃料の上乗せ及び割戻しの約定をした事実は否認する。
同iiの事実は否認する。
ウ 同ウの事実のうち、宇野沢が原告の取締役であり、石川が原告の経理担当社員であることは認め、各割戻金が宇野沢あるいは石川との間で授受されたことは知らない。その余の事実は全て否認し、主張部分は争う。
仮に、被告主張の割戻金の授受があつたとすれば、本件各割戻金の契約等は、全て宇野沢と石川とが個人的に共謀して行つたものであり、その金員は全て宇野沢が受領し、着服していたもので、原告の他の取締役は全く関知していない。したがつて、右割戻金は宇野沢の所得となるべきものであつて、原告の収益に計上するべきものではない。
宇野沢に対し、原告が専務又は常務の呼称の使用を許したこともなく、同人には原告を代表する権限もない。
2 同2、3の各事実及び主張は全て争う。
3 同4のうち、(1)の被告の納税告知の根拠についての主張事実は全て争い、その余については、認否がない。
(2)の各主張は争う。前述のとおり、ブルコマンダー改修費用の支出金員は宇野沢に対する貸付金に振り替えられたから、賞与には当たらない。また、割戻金については、仮にその授受があつたとすれば、宇野沢が個人的立場で収受したものであるから、直接同人の収入となるべきものであり、原告が賞与として支払つたものではない。
同(3)のうち、アの事実は認め、イの主張は争う。
4 同5は争う。
五 抗弁に対する認否1(4)イにおいて原告が主張する貸倒損失の経緯のうち、iiに対する認否
右iiの事実は否認する。
第三証拠 <略>
理由
第一法人税の更正等の取消請求について
一 請求原因事実
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 本件工事の収入計上漏れについて
1 抗弁1(2)のアないしウの各事実並びに同オのうちi及びiiiの事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 法人税法上、法人の収益の帰属年度についての一般的な明示の規定はないが、同法二二条四項は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるもの」と定めている。そうすると、企業の期間損益を正確に把握するために、いわゆる広義の発生主義のうち権利確定主義により、財貨の移転や役務の提供などによつて、その対価である債権の成立が確定したときに、これを収益に計上するべきものとして処理することは、企業会計原則上も合理性が認められるから(企業会計原則第2・1参照)、ここにいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従つた計算であり、妥当である。
3 そこで、本件工事請負代金のうち本件事業年度の収益となることに争いがある、第一回支払分中の手形受領分及び第三回支払分について、その収益としての帰属年度を検討する。
<証拠略>を総合すると、次の事実(ただし、右1の争いがない事実を含む。)を認めることができる。
(1) 本件工事請負契約書及び請負契約基本約款は、新日鉄がIMCC(インタナシヨナル・マリン・コンストラクシヨン・カンパニーの略称)から請け負つた前記AOCメンテナンス工事の一部を他社に下請けさせる際に、統一的に利用していた契約書及び約款を用いたものである(その場合、個々の下請けの業務内容に応じた事項は、特記仕様書により区別して記載していた。)。
したがつて、工事自体の下請けを予定して設けられている右各約款の条項中には、本件請負契約の目的である役務の提供については直接関係がないものも少なくない。
(2) 本件請負代金は一四回に分けて、昭和五二年二月から昭和五三年三月まで毎月末日に支払われ、一回の支払金額が一〇〇〇万円未満のときは現金で、これを超えるときは二〇パーセントを現金で、八〇パーセントを期間九〇日の約束手形で、それぞれ支払う約定であつた。
右の支払は、毎月二〇日締め・翌月末日払いの約束の下に、原告提出の請求書について新日鉄側が現実に提供された役務内容を審査して、その支出手続きをとる仕組みになつていた。
(3) 本件請負代金の第一回目の支払分は、本件工事請負契約書添付の経費内訳表IないしVの総額(本工事前に要する準備費用)に、いわゆる一般管理費として一〇パーセントを加算した額(端数切り捨て)であり、そのうち係争の約束手形による受領額は、右の第一回目の支払分の約八〇パーセントに相当するものとして授受されたものである。
同第三回目ないし第一三回目に当たる各回の支払分は、いずれも右経費内訳表のIVの本工事費に一般管理費一〇パーセントを加算したものを一二で除した額(端数切り捨て)であり、これらは、次の第二回目支払分と違つて、いずれも一ヶ月分の工事代金にほぼ相応している。
同第二回目の支払分は、昭和五二年一月二一日から同年二月二〇日までの期間の役務に対するものであるが、実際の役務の提供は同年二月から開始されたので、支払金額はほぼ二〇日分の二六五万一〇〇〇円と決定された。
ちなみに、第一四回目(最終回)の支払分は、約一〇日分の本工事代金及び一二月の作業完了に対する報償的な趣旨の一時金の額に一般管理費が加算されたものである。
以上のとおり認められ、<証拠略>のうち、右(3)の認定と異なる部分はいずれも採用できない。
4 被告は、本件請負契約を出来高払いの特約のある請負と理解し、第一回分のうち約束手形受領額一四二二万円及び第三回分(同年三月二〇日締め)の支払請求額三九七万六〇〇〇円を本件事業年度の収益に計上されるべきものとする。これに対して原告は、出来高払いの特約を否定し、本件請負契約は民法上の典型契約であるから、その報酬請求権は仕事の全部が完成した時点で発生し、したがつて、完成前の右受領額及び支払請求額は、いずれも本件事業年度の収益に計上されない前受金(請負報酬の分割払い)であると争う。
この点について、本件工事請負契約書(<証拠略>)の第六条但書には、「実際の出来高が支払予定額と相違したと甲(新日鉄)が判定したときは、甲は支払金額を次回の支払金額をもつて調整する……」との規定があり、本件請負報酬(代金)の分割支払の合意の内容等は前記3認定のとおりである。そして、前記二1の争いがない事実(抗弁1(2)オiの事実)のとおり、本件請負契約に定められた業務内容は、<1>潜水作業のほか、<2>船内の掃除・洗濯・物品販売等の業務、<3>各種事務補助作業、<4>タイ人労務者の管理業務、<5>無線連絡業務、及び<6>賄いに伴う補助作業からなるものである。
右業務を全体としてみれば、特段の事情(例えば、<1>が一定の工事の完成であり、かつ<2>ないし<6>の合計額が<1>の金額と対比すれば些細なものであるなど)が認められない本件では、本件請負契約を目して、物あるいは仕事の完成を目的とした契約ということはできない。まして、仕事の完成まで本件請負報酬債権が収益として発生しないとする原告の主張は、とうてい採用できない。もつとも、前記3(1)の認定事実を考慮に入れると、本件工事請負契約書第六条但書に「出来高」の文言があるからといつて、字義どおりただちに、本件請負契約を出来高払いの特約が付帯する「請負」とみて、企業及び税務会計上取り扱つてよいかは、さらに検討を必要とする。それは、右にみたところから明らかなとおり、本件請負契約の目的は、継続的に日々提供される等質の役務であつて、そこには、典型請負契約にみられるような物又は仕事の「完成」自体を給付の目的とするとか、作業時間の量と無関係に「一定の出来上がり量」を給付の目的とする等の合意を見出す余地は、ほとんどないからである。
右にみたような給付(業務)の内容、性質及び代金の算定、支払方法等を総合すると、本件請負契約の実態は、継続的に日々提供される役務に応じて、一ヵ月を単位として対価が支払われる約定に基づいて、役務の提供が継続し、各月二〇日の経過ごとに、発注者の査定を経て、過去一ヵ月の役務に対する代金額が確定し(ただし、第一回分は工事着手までの準備に対する代金であり、最終の第一四回分には、契約期間満了まで役務の提供を継続したことに対する報償金的なものが加算された代金であつて、それぞれ本工事着手又は期間満了により各代金額が確定する。)、その支払期日を翌月末日とする契約と認められる。そうであれば、このような代金は、企業及び税務会計上、その各確定時点すなわち毎月二〇日の経過で、それが属する事業年度の収益に順次計上するべきものと解釈するのが相当である(この点からすれば、本件請負契約は、労務供給契約の色彩が濃く、全体としては、むしろ準委任契約に近い。)。なお、右代金は、これを受領できる根拠が明確であるから、いわゆる仮受金にも当たらない(企業会計原則第2・1A及び注5参照)。
5 原被告は、本件請負代金の税務会計上の処理に関連して、新旧通達の関係を論議するが、元来、通達は当然に法規としての性質を持つものではなく、本件収益の帰属年度についての裁判所の判断を当然に拘束するものではない。
もつとも、通達が企業及び税務会計上の処理基準となり、一定の慣行あるいは取引類型が形成されているときなどは、被告が恣意的にこれに反する扱いをすることが不合理となり、許されない場合もありえないではない。そうだとしても、新通達二―一―五(旧通達二―一―二を継承したもの)が示す収益の帰属年度の基準は、あくまで仕事の完成をまつて報酬請求権が確定すると認められるような典型契約としての請負を対象とするものであることは、関連する各通達を総合して考察すれば明らかなところである。したがつて、およそ請負と名の付くものは、新通達二―一―九等に掲げる例外事例に直接該当しないかぎり、個々の契約の実態や性格・目的等を一切捨象して、全て新通達二―一―五が適用されるとの硬直した理解をするのは誤りである。
確かに、請負に関する収益の帰属年度を原則的に定めた旧通達二―一―二によれば、「役務の全部を完了した日の属する事業年度」とされているし、例外である部分完成基準による工事損益の計上時期を定めた旧通達二―三―六は、直接には建築工事等について規定したものである。また、後者を継承した新通達二―一―九も、その対象を「法人が請負つた建築工事等」と規定しており、その対象は無限定なものではない。さらに、新通達二―一―一二も、設計、作業の指導監督、技術指導その他の技術的役務の提供を対象とするものであつて、前記認定のような実態を持つ本件請負契約を直接の対象とした明白な規定というには、いささか遠い。
このように、新旧各通達は、その適用対象や範囲等を規定した文言の上からみるかぎり、本件請負工事契約に直接適用があるというには若干の長短があることは否めない、しかし、本件請負契約の実態に即して、その請負代金の収益としての帰属確定時期を定めるとすれば、前述のとおり判断されるべきであり、本件に関して通達が体系的・網羅的に整備されていないからといつて、被告の本件に関する認定、処理が違法となる理由はない。
6 また原告は、本件工事の収益は、その収益にかかる経費総額が法人税申告時までに判明しなかつたので計上できなかつたと主張する。
しかし、経費等が判明しないというだけでは、これに係る収益を当該事業年度から除外する理由とはならない。そもそも、法人税法二二条三項二号の費用は、収益と個別に対応するものではなく、債務として確定しないかぎり、当該事業年度には計上できないものである。もつとも、同項一号の原価の額は収益と個別に対応するものである。しかし、その額自体については、内部的な計算というその性質上、債務としての確定の要否は問題とならないから、法及び企業会計処理原則が費用収益対応の原則を採用している以上、必ずしも債務の額が確定していなければ原価に計上できないわけではなく、適正な見積額をもつて計上することが可能なものである(新通達二―三―四参照。原価を構成するものが対外的な債務であつても同じである。)。
原告の右主張は理由がない。
7 なお、原告代表者及び証人船越陽平は、原告はシンガポールのテイマス社の日本における連絡会社であり、実際の請負等の作業は全てテイマス社が行い、当該取引の損益に関わりなく、原告は売上金額の一定割合を利益として収受する旨が取り決められていた、とそれぞれ供述する。
しかし、右各供述を裏付ける証拠はなく、かえつて後述のとおり、原告会社の帳簿処理は、そのような仲介者的な立場にある者としてのそれではなく、本件工事についても、派遣した労働者の労務費等を損金として現に計上している。
したがつて、右各供述は採用できない。
8 そうすると、本件請負契約にかかる第一回支払分のうち約束手形受領額一四二二万円は、本工事着手前の準備行為に対する代金額の八〇パーセントに相当する額であり、かつ、本件事業年度中に本工事の着手もあつたから、当然、同年度の収益に計上すべきものである。また、第三回支払分も、昭和五二年二月二一日から同年三月二〇日までの一ヵ月間の役務提供の対価であるから、本件事業年度内に支払われていないとしても、これを発生が確定した未収利益として、本件事業年度の益金の額に加算しなければならない。
三 加算されるべき本件工事の収益に係る原価等について
1 本件請負代金の第一回支払分のうち前受金処理をした約束手形受領額及び同第三回支払分全額は、前述のとおり、いずれも本件事業年度の収益として益金の額に計上するべきものである。そうすると、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(法人税法二二条四項)である費用収益対応の原則により、この収益に対応する原価の額(同条三項一号)は損金として計上されなければならない。
2 そこで、前記の各収益にかかる原価について検討する。
<証拠略>を総合すると、次の各事実が認められる。
(1) 次のiないしiiiが、当初の給料・手当て等の勘定にそれぞれ計上されていたが、これらは、昭和五二年三月三一日付けで、いずれも工事労務費勘定に振り替えられている。
i 本件工事に従事した日本人従業員三名の給料・手当て(昭和五二年二、三月分であるが、うち一名については同年一月分)の合計三二二万円
ii 本件工事に従事したタイ人従業員に対する給料・手当てのうち、本人に直接送金した第一、二回分の合計四〇〇万円
iii 本件工事に従事したタイ人従業員に対する給料・手当てのうち、留守家族あてに送金した二七七万四七三〇円
(2) さらに、右(1)iの従業員一名に対する昭和五一年一〇月及び同年一二月支払分の給料・手当て並びに同年一一月三〇日支払いの保険料も、これを損金として計上済みである。
そして、右各計上額は、その支出科目(費目)と支出時期から考えて、いずれも本件工事の事前準備及び昭和五二年三月末日までの本工事に係る原価を組成するものと推認される。
右の各支出を除いて、他に本件工事の原価に当たるものが損金として計上されていたことを具体的に明示する証拠はない。しかし、前記二で明らかになつた原告の益金の計上方法と右認定の根拠となつた<証拠略>に示された経費の計上方法とを合わせて考察すれば、原告は現金主義によつて収益及び費用を計上していたものと推認できこそすれ、本件工事完了まで収益や費用の計上は一切できないとの前提に立つて会計処理をしていたとは、とうてい考えられない筋合いである。これに、右認定のとおり、原告は、工事原価の主要な部分である労務費を実際に帳簿に記載し、損金として計上していた事実を合わせて考えれば、少なくとも現実に支払つた原価に当たる費用は、本件事業年度の一般管理費あるいはその他の費用に含めて計上されているものと推認して妨げない。
次に、未払費用あるいは未確定の原価に相当するものの存否について検討する。
<証拠略>の経費内訳表の各費目の記載内容からみると、本工事の原価の大部分は労務関係費であること、事前準備にかかる費用は本件事業年度末までに支出手続きがとられる十分な時間的余裕があつたことがそれぞれ推認できる。そして、他に未計上の原価があつたことについて、原告はなんら具体的に主張・立証していない。そうであれば、労務費を実際に記載、計上していた前記帳簿等に原価を記載、計上しないで放置していたとは、たやすく考えられないところである。
この点について、原告代表者及び証人船越陽平は、テイマス社に依頼した熔接訓練費、すなわち本件工事の事前準備の費用となるべきものの請求があつたのは、昭和五二年八月か九月ころであつたと供述する。しかし、右請求の事実及びこれと原告が請け負つた本件工事との関連性を明らかにする証拠はともになく、かえつて、<証拠略>によれば、原告が送り込む外国人は、原告が請け負つた業務のうち雑役に類するものを担当し、熔接作業には従事しないものと取り決められていた事実が認められる。そうすると、右熔接訓練費なるものが、本件工事の原価を組成する費用であるとする右供述はとうてい採用できない。
3 したがつて、前記二の未計上収益を加算し、計上するのに伴つて、新たに損金として計上する原価あるいは費用は、結局、ないものとみて妨げない。
四 貸倒損失の否認について
1 抗弁1(4)ア、イの各事実は当事者間に争いがない。
そうすると、ブルコマンダー改修費用として石井造船に一二〇万円を支払つた事実自体がないのであるから、同金員を前渡金として計上することも許されない筋合いである。本件事業年度において、石井造船に対する右前渡金返還請求権は存在しないから、その貸し倒れによる損失もまたありえないことは明白である。
2 ブルコマンダー改修費用として石井造船に支払われたとされる一二〇万円及び三三〇万円の本件各前渡金は、実際には宇野沢に支払われた金員であつた。
そこで原告は、右合計四五〇万円を昭和五二年三月ころ宇野沢に対する貸付金に振り替えたうえ、うち三三〇万円をもつて原告の同人からの同額の借入金と相殺し、残金一二〇万円を貸倒損失として処理したと主張し、証人船越陽平はこれに沿つた供述をする。
しかし、<証拠略>を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 原告から石井造船に対するブルコマンダー改修前渡金との名目で、昭和五〇年六月一二日に一二〇万円、同月一七日に三三〇万円がいずれも白井常雄に交付されたが、原告の取締役宇野沢はこの金員を自分の預金口座に振り込ませて受領し、右金員は石井造船には交付されなかつた。
(2) 原告は、右前渡金勘定をそのまま繰り越し、本件事業年度の前年度の貸借対照表にも前渡金として計上していた。ところが、本件事業年度において、他の勘定に振り替えないで、そのまま全額を貸倒損失とする経理処理をした。
(3) 原告は、本件に関する税務調査の際、右(1)のうち三三〇万円は宇野沢からの借入金と相殺し、残金一二〇万円は回収困難なため貸倒損失として処理したと主張した。しかし、昭和五二年三月二七日の原告会社の取締役会議事録には、可決された議案として「別紙明細の内仮払金、貸付金、前渡金、立替金について取立不能とし……(中略)……貸倒償却処理し、借入金、未払金の内実態のない借入金、未払金……(中略)……を返済不要として処理する」との記載があるにとどまり、これに添付の別紙にも原告主張のような相殺勘定は記載されていない。
そして、原告の経理処理をみても、石井造船に関しては、前渡金四五〇万円全額が、そのまま貸倒償却として処理されており、他方、宇野沢に関しては、仮払金及び立替金二五八万九四八〇円が全額貸し倒れ、また、借入金及び未払金の合計九二一万六一三八円のうち三四九万三一三八円が切り捨て、すなわち返済不要なものとして、それぞれ処理されていたに止まる。
以上のとおりであつて、原告が本件前渡金一二〇万円宇野沢に対する貸付金とする経理処理をしたとか、宇野沢との間で同旨の合意をしたとかの形跡は、証拠上なんら窺われない。
のみならず、<証拠略>によれば、原告は宇野沢に対し、本件事業年度末で、未払金六〇〇万円及び借入金三三一万三〇〇〇円を負担していたものと認められる。これらは、いずれも原告の宇野沢に対する債務にほかならないから、本件で原告が主張するように、宇野沢に対する貸付金としての振替処理が真実であるならば、この債務との相殺をするなど右貸付金回収の方途があつたことになる。それにもかかわらず、原告が、貸付金に振り替えると同時に、回収困難との理由で貸倒償却した行為はきわめて不自然である(宇野沢に対して同貸付金の返還請求権をした形跡も窺えない。)。
かえつて、右認定の一連の事実によれば、当時原告の取締役であつた宇野沢は、弁済金、前渡金あるいは仮払金等の勘定の下に金員を受領できる格別の原因もないのに、昭和五〇年六月、前述の一二〇万円を取得し、原告は、この事実を認識しながら、同金員をそのまま宇野沢に収受させることにしたものというべきであるから、この利益は宇野沢に対する臨時的な給与、すなわち役員賞与に当たるものと認めるのが相当である。
これに関する原告の前掲主張は合理的根拠を欠き、とうてい採用できない。
五 受取割戻金の計上漏れについて
1 大和潜水からの受取分
(1) 抗弁1(5)アiのうち大和潜水との間の工事請負契約締結の事実自体は、当事者間に争いがない。
(2) 右争いのない事実を前提に、<証拠略>を総合すると、以下の各事実が認められる(各割戻金の支払いと各書証との対応関係は別紙5のとおりである。)。
ア 原告は、テイマス社から請け負つた本件探査工事のうち、シンガポール共和国住宅公団発注分については昭和五一年二月六日りに、同国ポートオーソリティ発注分については同月二〇日に、それぞれ大和潜水との間でこれを下請けさせる工事請負契約を締結した。
この交渉の過程で、原告の取締役宇野沢から大和潜水に対して、右工事の契約単価は見積もり額に一定額を上乗せしたものとし、出来高も水増しさせた請求書を提出し、これに基づいて原告から支払われる請負代金のうち、右の上乗せ分及び水増し分を原告に割り戻すようにとの要請があり、大和潜水もこれを承諾した。したがつて、右各契約書上の単価は上乗せした額であつた。
イ 大和潜水は、右アの各契約に基づく工事を実施し、ほぼ各月末頃には担当者が宇野沢との間で割り戻すべき金額を確認し、これを日本国内で原告の経理係石川隆に交付又は送金して支払つた。この割戻金支払の日時及び金額は、抗弁1(5)アiiのとおりである。
ウ 大和潜水は、右各支払いが原告に対するものであることを認識していたが、これを帳簿上そのまま計上できないので、浅田高名義の架空の外注加工費請求書及び同領収書を作成して、各割戻金を外注工事費として計上し、処理していた。ただし、右割戻金支払の最終回分二三〇万円は、その支払当時、外注費架空計上の疑い等により横須賀税務署が調査中であつたところから、一旦、加山潜水に対する短期貸付金とし計上し、その後、浅田高への未払分の支払として振り替え、処理した。
2 日進電機からの受取分
(1) 抗弁1(5)イiの事実のうち、日進電機との間で機械賃貸借契約が締結された事実は当事者間に争いがない。
(2) 右事実を前提として、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。
ア 原告は、昭和五一年三月一七日付けで日進電機との間に、本件探査工事で使用する磁気探査器三セットを賃借する契約を締結したが、その際、原告の交渉担当者であつた宇野沢から、本来の賃料月額一二〇万円に一八〇万円を上乗せした月額三〇〇万円の賃料と契約書には表示し、上乗せ分は日進電機に留保しておき、別途、原告に割り戻して欲しい旨を申し入れた。日進電機もこれを承諾し、上乗せ分を含めた月額三〇〇万円の賃料を原告から受領していた。
イ 日進電機は、宇野沢から原告の東京における事務担当者と告げられていた石川隆に対して、右留保分の支払い、すなわち割り戻しとして、昭和五一年四、五月分計三六〇万円を同年八月二一日に、同六月ないし八月分計五四〇万円を同年一二月一五日に、いずれも現金で支払つた。
ウ 石川隆は、右各金員を受領した都度、日進電機に対して横手正海名義の領収証を交付していたが、日進電機は、これを原告に対する支払と認識していた。
したがつて、日進電機は帳簿上も、これを売上割戻金として計上していた。
3 割戻金の帰属等
(1) 原告は、右割戻しを宇野沢の個人的収入と主張し、原告に帰属するものではないと争う。
しかし、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。
ア 右1、2の契約当時、宇野沢は、原告の専務取締あるいは常務取締役との肩書で、対外的な折衝に臨んでいた。そして、原告の役員報酬台帳にも、その職名は「専務取締役」と記載されていた。
イ 実質的にも、当時、宇野沢は、原告の取締役であると同時に原告の親会社に当たるテイマス社の取締役をも兼ねており、原告の日本国内における各種工事関係の契約については、その締結・履行等の業務を全面的に任されていた。
ウ かくして、宇野沢は、日本国内での原告の意思を決定する権限を有し、日本国内における経理等の事務を主として担当していた石川隆も、宇野沢の指揮監督の下にあつた。
エ 原告は、宇野沢が本件各割戻金を自己の用途に費消したことを知つた後も、これについて告訴することは勿論、宇野沢に対し、この費消額の返還を請求したり、貸付金として計上する等、なんらかの方法でその回収を図ることも全くしなかつた。
右認定の事実によれば、宇野沢は前記1、2の各契約及びこれに伴う割戻しの約定について、原告を代表する立場で各相手方と折衝したものと認められる。
そして、この折衝の相手方である大和潜水及び日進電機も、割戻金の支払先を原告と認識していたこと、本件割戻金の発端となつた請負契約及び賃貸借契約は、原告を一方当事者とし、かつ、契約金額は割戻しを前提として決められていること及び各割戻金の受領は原告の経理担当者である石川隆によつてなされていることも前述のとおりである。
ちなみに、大和潜水又は日進電機側に、宇野沢に対して個人的に本件割戻金のような巨額のリベートを供与する意思やその必要性があつたと認めるに足りる証拠はない。のみならず、金額的にも、本件割戻金は、その正規の取引額と比較して巨額であり(前記2の場合は正規の賃料額をも超えている。)、このことからみても、契約締結担当者への個人的な謝礼の意味のリベートとは考え難い。
(2) 本件各割戻金は、その基礎となる原告と相手方との間の取引契約において、当初から授受が予定されていたこと、相手方も原告に支払うことの認識があつたこと、その他前記1、2及び右3(1)で明らかになつた事実によれば、原告は、大和潜水及び日進電機との間の各契約に基づいて、損金として本来計上できる正当な額を超えて、その支払債務を過大に仮装し、割戻金相当額について損金を架空計上したものということができる(これを相手方についていえば、割戻金相当額については実際の収益がなかつたものである。)。
そして、この結論は、本件各割戻金を最終的に宇野沢が費消したか否かによつて左右されるものではない。この意味で、本件各割戻金は原告に帰属するものと認められる。
(3) 次に、<証拠略>によると、石川隆は宇野沢の指示に従い、前記1、2の本件各割戻金を受け取り、その一部を宇野沢本人に、一部は宇野沢の父へ、それぞれ引き渡すなどして、結局、その全ては宇野沢が自己の用途に費消したことが認められる。
そうすると、右割戻金はいずれも、原告に支払われた都度、宇野沢がこれを費消し、その利益を享受できたことになるところ、前述のとおり、原告は、宇野沢が本件各割戻金を自己の用途に費消したことを知つた後も、この費消額の返還・回収を求めなかつたのであるから、税法上、本件各割戻金は、原告の役員である宇野沢に対する臨時的給与、すなわち役員賞与として支給されたものと認定されるべきものである。
したがつて、本件各割戻金の合計四一七七万五五〇〇円は、原告の収益として益金の額に加算されることになる。なお、これに伴つて新たに計上されるべき損金はない。
六 本件更正の適法性
以上検討したところによれば、原告の本件事業年度における所得金額は、別表3記載のとおり七一一四万一七九二円であると認められるから、この金額の範囲内である本件更正は適法である。
七 本件重加算税賦課決定の適法性
1 前記四の貸倒損失については、当該前渡金がもともと存在しないことを認識しながら、これを本件事業年度における貸倒損失とする架空の経理処理をして、損金の額に計上し、それだけ当期の利益を圧縮したものである。したがつて、この行為は課税標準の計算の基礎となる事実を仮装した場合に該当する。
2 前記五の受取割戻金調達の経緯によれば、同金員の収入は、宇野沢が中心となつて、その捻出のために上乗せ操作をし、経理係石川隆と謀つて第三者名義で受領し、原告の帳簿書類に記載しないで済むように工作したことは容易に看取できる。したがつて、この行為も原告が法人税の課税標準の基礎となる事実を隠蔽、仮装した場合に該当する。
もつとも、右の操作及び工作は宇野沢と石川隆が直接の実行者であり、原告代表者がこれに関与した形跡は認められない。しかし、宇野沢が原告の役員であり、日本国内における原告の営業活動の中心となり、業務執行の責任者の地位にあつたことは、前記五3(1)のとおりであるから、同人の本件に係わる仮装、隠蔽行為は、納税者自身の行為と同視されてもやむをえないものである。
3 そうすると、重加算税の基礎となるべき所得金額は、貸倒損失否認額と受取割戻金計上漏れ額との合計四二九七万五五〇〇円であるから、これに基づいて計算される重加算税の基礎となるべき法人税額(国税通則法六八条一項による。)は一七一九万円である。
<証拠略>によれば、本件重加算税賦課決定の基礎とされた法人税額は一六七七万円であることは明らかであるから、右金額の範囲内にあり(重加算税額は、各々の税額に一〇〇分の三〇を乗じたものである。)、本件重加算税賦課決定は適法である。
八 本件過少申告加算税賦課決定の適法性
本件更正によつて増加する納付税額は二四〇四万九二〇〇円であるから、これから本件重加算税賦課決定の基礎とされた税額一六七七万円を控除した税額七二七万八〇〇〇円が、国税通則法六五条一項の過少申告加算税の基礎となる法人税額となる。したがつて、これに一〇〇分の五を乗じた額(一〇〇円未満切り捨て)である三六万三九〇〇円が過少申告加算税の額であるべきことになるから、これと一致する本件過少申告加算税賦課決定は適法である。
第二本件納税告知等の適法性について
一 本件納税告知の根拠
1 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。
2 <証拠略>によれば、本件納税告知の原処分に当たる納税告知書には、別表4の各支給月、法定納期限別に、同表の原処分額欄のうち本税額の記載が、また、所得の種類として、同表の昭和五一年一一月分の石川隆への支払分については「給与」、その余の各月分については「非居住者」、との記載はあつたが、受給者名及び受給金額の記載はなかつたこと、この原処分は、審査裁決により、別表4の昭和五一年一〇月分の一部が同表の審査裁決額欄記載のとおり取り消されたが、その余の部分は、同表の審査裁決額欄記載のとおりそのまま維持されていることが認められる。
3 そこで、各納税告知の前提となる源泉徴収義務及び納付義務(以下単に「納税義務」という。)の存否について判断する。
(1) 別表4の昭和五〇年六月分は、前記第一の四のブルコマンダー改修費用名義の一二〇万円の支払いに係るものであることは、第一の四2で判断したとおりであるから、その支給日は、宇野沢が白井常雄を通じて原告からこの一二〇万円の支払を受けた昭和五〇年六月一二日と認定して妨げない。
(2) 別表4のその余の各月分は、いずれも前記第一の五の受取割戻金に係るものであるが、これらの受取割戻金は、いずれも相手方から原告が受領したのとほぼ同じ頃に、宇野沢に対して賞与として支給したものと認定すべきことは第一の五3(4)で判断したとおりである。そこで、右各割戻金をその受領日の属する月ごとに集計すると、同表の審査裁決額欄のうち支給金額欄記載のとおりである。
(3) 宇野沢は、当時、シンガポールに居住し、所得税法上の非居住者であつたことは当事者間に争いがない。したがつて、同人が支払を受けた右各賞与は、同法一六一条八号イの国内源泉所得に該当するから、同法二一二条一項、二一三条一項により、各支給額に一〇〇分の二〇を乗じた額がその源泉所得税の額となる。
そこで、右(1)(2)の各賞与の支給月ごとにこの額を算定すると、昭和五一年一一月分を除いて、別表4の審査裁決額のうち本税額欄記載の各金額が源泉所得税となる。また、昭和五一年一一月分については、宇野沢に支給された賞与に係る源泉所得税が一三八万〇六〇〇円となることは、右の算定方式から明らかなところである。
4 そうすると、本件納税告知は、昭和五一年一一月分を除くと、いずれも告知された内容と自動確定している支払者の納税義務とが一致するから、この部分は適法である。
二 原処分における認定の誤りと本件納税告知の効力
1 <証拠略>によれば、被告は、昭和五一年一一月に支払われた割戻金のうち一〇四万八五〇〇円を石川隆に対する支払と認定し、その所得の種類を「給与」として、源泉所得税額一〇万四八五〇円(右支払額の一〇〇分の一〇)を原処分で告知したことが認められる。
しかし、右支払も宇野沢に対する賞与の支給と認めるべきことは前述のとおりであるから、この点で、原処分は受給者を誤認し、かつ、誤つた税率(居住者に対する税率)を適用したことになるが、右税率は正当な税率(非居住者に対しては、支払額の一〇〇分の二〇)よりも低いので、これらの過誤が原処分の適法性を左右するか否かについて、次に判断する。
2 源泉所得税は、納税義務の成立と同時に納付すべき税額が自動的に確定する国税である(国税通則法一五条三項)。したがつて、その納税義務は、給与等の支払ごとに個々に成立するものであり、所得税のように暦年の終了によつて一個の租税債務が成立する(同条二項二号)ものではない。
本来、納税の告知の法的性質は、既に税額の確定している国税債権について、その納期限等を指定して、納税義務者等に納付を命じる下命行為であり、その実質は、債務の履行請求であつて、税額確定手続の一環をなす行為ではない。これを源泉所得税にかかる納税告知について言えば、給与等の支払の時に成立し、かつ、自動的に税額も確定している納税義務について、当該支払者にその履行を求める徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は、同処分の前提問題となるに止まり、受給者の源泉納税義務の存否・範囲に、法律上はいかなる影響も与えない。
そして、納税告知の内容・方法についての規定である国税通則法三六条二項も、納付すべき税額、納期限及び納付場所を納税告知書に記載するべきものとしているだけで、受給者名、支給年月日など個々の源泉所得税を識別するに足りる事項の記載までは要求していない(この点は、支払者が源泉所得税を納付する場合も同様である。)。これは、納税告知書において、個々の源泉所得税ごとに特定して記載することまで要求するときは、大量一括処理という源泉徴収制度の機能を著しく阻害することにもなりかねないという現実的、政策的な配慮に由来しているものと理解される。
以上みてきた納税告知の法律上の性質、国税通則法上の規定及びその立法政策的配慮等を総合して考察すれば、法定納期限の到来している源泉所得税について、支払者に対し、一括して納期限等を指定してその履行を求めるための納税告知において、法定納期限、所得の種類等に誤りがあつたとしても、告知額が正当であるときは、それだけの理由で当該納税告知処分が違法となるものではない、と解するのが相当である。もつとも、この理は、納税告知が国税債権の請求行為であるという性質上、当該納税告知書に記載された所得の種類、法定納期限、各年月ごとの本税額等の事項から、客観的にこれに包含されるものと認識できる範囲(同一性が認められる範囲)を超えることは許されないと解すべきである。
3 そこで、本件についてこれをみると、先ず、原処分の根拠となつた割戻金支払いの事実自体は、本訴における被告の主張と同一であり、宇野沢に対する役員賞与も、所得の種類としては同じ給与所得に属し、ただ宇野沢が当時は非居住者であつたために、その税率が異なつたに過ぎない。そうすると、本件は、受給者の異同による差異に尽きることになるが、前述のとおり、受給者の氏名は納税告知書に記載されない事項であり、これにはそれなりの政策的考慮があつてのことであるから、その過誤は右にいう同一性の範囲を損なわないものというべきである。
そして、誤つた低い税率を適用したこと自体は、なんら原告の利益を害したことにはならないから、昭和五一年一一月分に係る本件納税告知もまた適法というべきである。
三 本件不納付加算税賦課決定の適法性
原告の本件納税告知に係る各源泉所得税が、各法定納期限までに納付されたことについては、なんら主張・立証がないから、国税通則法六七条一項によつて、本件納税告知に係る各支給月分(各法定期限ごと)の告知された源泉所得税額に一〇〇分の一〇を乗じた額(所定の端数処理をした後の額)が不納付加算税の額となるところ、<証拠略>によつて認められる本件不納付加算税賦課決定の額は、別表4の審査裁決額のうちの不納付加算税額の欄に各記載のとおりであり、これらは、右により算定される各支給月ごとの加算税額と一致するから、本件不納付加算税賦課決定は全て適法である。
第三結論
よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山本和敏 塚本伊平 大島隆明)
別表1 法人税の更正処分等 <略>
別表2 源泉所得税の納税告知処分等 <略>
別表3 本件事業年度の所得金額 <略>
別表4 納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分の内訳 <略>
別表5 <略>